――紅と白と―― * それはひっそりと近づいてきた。 辺りを見渡しても、そこにはただいつも通りに木々が唯雑然と光を求めて伸びているだけだ。 だが、確実に、その得体の知れない気配は着々と距離を詰め、息を潜めている。 男には追われているわけがわかっていた。 それ相応のことをしてきたのだから。 チリチリと感じる殺気に、額から汗が吹き出る。 森が静まり返っているのは、動物たちが人間より五感に優れているからだろうか。 男は膝丈ほどの草を必死に踏み分けながら考える。 道は木の葉から霧に帰る半ば・・・ 後ろ、木の葉から急激に近づいてくる者たちと男の実力の差は明らかだ。 がくがくと震える膝を奮えたたせながら、若しかしたら逃れられるかもしれないという僅かな望みに掛けて歩を進めた。 男は木の葉のある情報を収集するために里に侵入していた。 里に入ることは簡単だった。 こんなに簡単に進入できるものなのか、と男は拍子抜けしたほどだ。 其れもそのはず、木の葉は忍びの里であるが、一般市民も住み着いた一つの都市だ。 人の出入りは比較的簡単になっている。 男は里に忍び込み、木の葉の忍を装い情報収集を開始した。 その情報とは、男も良く知っている、霧の里のブラックリスト入りしている忍二人に関することだった。 木の葉の双璧に関する情報は皆無に等しい。 唯、金髪と黒髪の二人組だ、というのが風のうわさで流れていた。 恐ろしく強く、そして、美しい、と。 実際にあったことはない。 其れを幸運というのか。 二人に会った忍たちは二度と霧の里に帰ってくることはなかった。 男も友を殺されたが、不思議と憎しみは感じなかった。 それよりも「ああ矢張り」という諦めと、友を失った喪失感が男を支配した。 その友を殺した忍について調べるように、と任務を受けたときに男は思った。 ああ、俺もこれで人生を終えるのか、と。 忍という仕事をしている以上、危険な任務だからといって避けて通ることは出来ない。 「是」と言った瞬間に男を襲ったのは、友を失ったときと同じ「諦め」であった。 自分が死なずに戻ってこれるなどと露とも思わず、死を素直に受け入れている自分がいた。 だが後ろから向けられる殺気に対して、足を震わせている自分がいる。 人間とは、このように生に対して只ならぬ執着を持っているものなのだろうか もしかすると、友もそうだったのかも知れぬ。 男は、人間の思わぬ諦めの悪さに苦笑した。 尚も迫ってくる妖気のようなチャクラに、全身から滝のように噴出す汗。 殺気は先ほどから、離れもせず、追いつきもせず、一定の距離を保ってついてくる。 いっその事、一思いに殺してくれれば楽になれるだろうに。 自分は、触れてはいけないものに触れてしまったのだから・・・。 制裁が、下る。 生い茂る草と、四方八方に枝を伸ばし貪欲に日光を得ようとする木々を払いのけながら進んでいくと突然ぽつんとあいた空間が広がった。 一本の、樹齢数百年であろう大木を中心にして、頭上にはぽっかりと丸く真っ青な空が広がっていた。 近頃の暖かさで開花した大木の桜の花びらが男の頬を撫でる様に舞っていった。 ああ、こんなところにも桜の木があるのだ、と男は思う。 こんなに命の危険を感じていても、美しいと感じさせる桜。 美しいと感じるのは、桜が自身の生命を削って花を咲かせているからだ。 その姿は、もしかすると忍に似ているのかもしれない。 これが見納めになるのだろうか、とぼんやりと思い、そして残念だった。 命は惜しくない、むしろ、もう諦めがついている。 だが、もうこれから先、桜が見れないのだと思うと無性に寂しくなった。 男の里の桜は、まだ二分咲き程度、比較的暖かい木の葉の桜も五分咲いていればいいほうだった。 ひらひらと花びらを舞い散らす桜は、自分を見てくれといわんばかりに咲き誇っている。 最後に見る桜がこのように見事で、自分は幸せものだ。 死んでしまった友にも見せてやりたかった、と不意に思った。 そして気が付く。 桜の木の下、幹の横にひっそりと立っている一人の青年が男をじっと見据えている。 殺気も、チャクラも何も纏わず、何の表情も浮かばない顔。唯、吸い込まれそうに深い闇色の瞳が男を捕らえて離さなかった。 敵なのだろう。 男はそもそも殺気に追われてここにたどり着いたのだから。 だが、男を追っていた殺気の主が目の前にいる彼ではないことを男は何となく感じた。 そして、目の前にいる青年が男が調べていた一人である「彼」なのだと。 真っ白な桜の花びらのなかにかすんで見える、真っ黒な髪と白い肌。 何処までも清らかな、他者を寄せ付けず、そして周りと調和するその姿は、追ってきた殺気と同じだとは思えなかった。 だが、先ほどから殺気の主―もう一人の「彼」が感じられない。 何故だろう。 不思議には思うものの、そう深くは考えなかった。 考えても、結果は同じ。 「覚悟は出来ているか?」 闇色の瞳を瞬かせながら、青年が問うた。形の良い唇から零れ出た声は、その内容がどうであれ、男の耳にしみた。 「ああ、任務を受けたときから覚悟は出来ている。」 いつの間にか震えがとまっていた足でしっかりと大地を踏みしめた。 男の返事を聞いた青年の顔に、初めて表情が浮かぶ。 それは、戸惑いと哀しみが入り混じった、実に人間らしい表情で、なぜか男をひどく安心させた。 どんなに強くあっても、矢張り人間なのだと。 「木の葉のブレーンであるユエに手に掛けられることを、俺は光栄に思う」 男は目を閉じた。 耳元で「すまない」とかすかに聞こえたような気がした。 其れが気のせいなのか、風の音なのか、もう確かめようもなかった。 桜の花びらと、命の色が春の地面を彩っていた。 光栄に思う。 そう男は言ったが、ユエにはそれはひどく重い言葉だった。 何故あの男は自分の死をそう簡単に受け入れることが出来るのだろうか。 抵抗すれば、少なからず助かる道があったのかもしれないのに。 自分は日々数多くの敵と相対しながらも、しぶとく生き延びている。 死にたくない、と思ったことはない。逆に、生きたい、と思ったこともなかった。 唯何となく、日々退屈に時間をすごし、人の命の色に染まる。 生きようと思ったことのない自分が生き、生きたいと思っていた男が死ぬ。 人を手にかけるたびに、どうしようもない感情が吹き荒れる。 つい先程男の体を貫いた小太刀には、男の血液が赤々と光っていた。 人の、生命の色。 自分にも、このように赤い血が流れているのだろうか。 それは最初は興味だった。そして段々と、耐え難い衝動に変わる。 血は、生きている、という証明。 生きている、という実感。 いまだにぽたぽたと切先から赤が伝わっている小太刀の刃を左の手首に当てた。 「ユエ!」 突然目の前から聞こえた声が、ぽたりと零れ落ちた赤い雫が地面に吸い込まれるより先にそれ以上刃が進むのを止めた。 「…、ヨウ?」 声は目の前の森から。今し方ユエが手に掛けた男が抜けてきた森だ。 森を丁度抜けきった場所に、ユエと同じ装束に身を包んだ金色に輝く青年がユエを睨んでいた。 目は綺麗な蒼色をしているが、今それは計り知れない怒りで燃えていた。 ずんずんと草木を踏みながら桜の元へ近づく。 「何やってんだよっこのバカ!」 未だに手首に当たり、血液が滴る刀をユエから取り上げ、血を振り落とす。 ヒュンと音を立て振り落とされた血は地面に線を描いた。 「こんなこと、二度とするなよな・・・」 シカマル・・・、俺を一人にしないで・・・。 語尾はか細く消えていった。 ヨウの手はユエの傷口に当てられ、手の間からは零れ落ちた雫がぽたりと落ちる。 指の間から、滲み出てくるそれは、やがて集まり大きな塊となって土に返っていく。 ポタリ ポタリ ポタリ ユエはその様子をじっと見つめていた。 ** 五代目火影に任務終了の報告をし、すぐにユエ―シカマルを伴って家に帰った。 シカマルの手首に巻かれた包帯について聞かれたが、シカマルは何も答えず、ヨウ―ナルトは「木の枝で切った」と答えた。 綱手は首を傾げたが、これ以上聞いても二人は答えることはないだろう、とふみ早々に帰す。 唯、ナルトだけを部屋に残し、「様子を見てろよ」とだけ指示を出した。 普段ならユエが行う報告をヨウがする。彼女にも、ユエの様子が尋常でないことが伝わっていた。 任務に出たのは昼間だったので、帰ってもまだ部屋には日光が燦燦と降り注いでいる。 家は里から少し離れた場所にあり、周りに民家はない。 ポツン、ポツンと点在している中の一つで、一際大きいものだ。元々奈良家所有の家の一つだったのだが、使ってないから、とシカマルの父・シカクが提供してくれた。 シカマルと任務を共にするようになり、共に過ごす時間が増えた。 どうせなら、ということで共に住むようになって数年。 シカクの提供してくれたのは一軒屋で、平屋だが二人で過ごすには申し分ない。 下忍以前からの知り合いであるアスマとカカシも、いつの間にやら居ついているが、それでも余りある広さだ。 明るい室内を進み、ナルトは一先ず身につけていた面や装備を解いた。 割り当てられている部屋にそれらを投げ込み、医療道具の入った箱をもって再び居間に戻った。 ナルトが居間に戻ると、シカマルは廊下に面する柱を背に座っていた。 廊下は庭に面し、温かい風が家の中に吹き込んでくる。 一瞬見つけられなかった姿を確かに確認し、ほっと胸を撫で下ろし、温かい風の吹き込んでくる方向へ進んだ。 「シカマル、包帯替えよ?」 空に向いていた視線をナルトのほうへ向けたものの何も言わず、再び視線が遠くへと向けられたのにナルトはため息を落とした。 板の間へ投げ出された左手は、先程ナルトが見たときよりも格段に血が滲んでいた。 一向に止まらない血にナルトは眉をひそめる。 綱手に診てもらったほうが良かったかもしれない、と今更ながらに後悔するも既に遅く、とりあえず殆どが赤く染まってしまっている包帯を解き、消毒をし、薬を塗り、新たに包帯を巻きなおした。 ふと、これも何時まで持つのだろうか、という考えが過ぎる。 シカマル自身、傷口をわざと傷つけたりしているわけでないにしろ、庇ったりせず、普段どおりに手首を使用するので自然と傷口が開いてしまう。 きっと、労わる気がないのだろう。傷が開こうと、悪化しようと、シカマルにとっては特に気にすることでもないのだ。 ナルトが怪我をすることには人一倍神経質な彼なのに、自身のこととなると途端に人一倍無頓着になる。 別に捨て身であったりということはないが、任務遂行に必要とあれば、迷わず自身を投げ出すだろう。 人の命より、自らの命を。 それはシカマルの優しさでもあったし、ナルトにとってそれは、酷く残酷なことだった。 見え隠れする、シカマルの脆さだ。 それが、露骨に表に出てきたのは今回の任務が初めてだった。 しかも、自らに自身の刃を向けたのだ。 死のうとしていたようにはナルトにも見えなかったが、その行動は変えることの出来ない事実だ。 一歩間違えば、命を奪うこともあったその行為はナルトに多大な衝撃を与えた。 何がシカマルをそこまで追い詰めたのか、ナルトにはわからなかった。 そのわからないということも、少なからず衝撃だったのだ。 自分は彼のことを理解していなかった、と。 二人で過ごすようになって初めて見る、シカマルの不安定さに如何したら良いのかと考えるものの当のシカマルは空の彼方を見つめたまま動こうとせず、会話が出来る状態ではない。 相談しようにも家には誰も居らず、シカマル一人を家に残して外出するのは嫌だった。 兎に角シカマルの腰にささったままの小太刀やホルダーを外し、それもまた部屋へと放り込んだ。 いつもならば使い終わった後には多少なり手入れをするものだが、今は少しの間でも側を離れたくなかった。 掃除の行き届いた廊下をバタバタを走り、居間に駆け込む。 ナルトの騒がしい足音に何の反応も示さなかったが、ナルトの目線の先にはちゃんと先程と同じ位置に彼が座っていた。 若しかしたら、「うるせえぞ」といつもの口調で、少し微笑みながら振り返ってくれるんじゃないか、という期待もしたがそうならないことはナルトが一番わかっていた。 まずは、まだその場にいてくれたことに安心し、そして何の変化もないことに失望した。 ナルトはシカマルの後姿をいつも眺めてきた。 幼いときからの付き合いであったし、仕事のパートナーだ。 だがナルトは今ほど頼りなく、消えて無くなってしまいそうな彼を見たことはなかった。 春風が、彼を彼方に攫って行く。 ナルトの手の届かない場所に。 ナルトの入り込めない、闇奥深くに。 「シカマル!」 「っナルト・・・?」 不安と寂しさとが入り混じり、思わず駆け寄って後ろから細い背中を抱きしめた。 傷ついた手首に障らないように、優しく、だがとても強く。何処にもやってしまいたくなかった。 こんなに近くにいるのに、何故このように不安なのだろう。 軽く振り返って名前を読んでくれる声と伝わってくる熱だけではどうにもこの不安は取り除かれそうになかった。 シカマルの体にしっかりと回された、傷だらけのナルトの手にシカマルは包帯の巻かれた手でそっと触れる。 「ナルト、御免な」 「なんだよ・・・っごめんって・・・。謝るぐらいなら最初っからするなよなっ!!」 「・・・、御免な」 「・・・うっく・・・っシカ・・・っ」 背中から伝わる静かな声。謝る彼の姿はナルトの胸を締め付けた。 嗚咽にしかならない声は、ナルトの気持ちすべてだった。 何も知らずに笑っていた自分、このような事態になっても何も出来ない自分、気付けなかった自分。 自らを傷つけることでしか自己を保てなかった彼、そして何も話してくれない彼。 ナルトの蒼い瞳からは片付けることが出来ない感情の嵐を表すかの如く、途切れることなく涙があふれ出た。 ナルトの流した透明な雫が、シカマルの肩口にじわりとシミをつくった。 |
2005・04・13
久し振りの更新となってしまいました(汗)
しかも、何でこんなに暗いものっ?!失礼しました。
なんか中途半端な感じで、非常に申し訳ないですが・・・。
色々とこれに追加する話もあるにはあるんです。設定も出し切ってないんですが、今後のためにおいとこうかなと・・・
小出しします。
若しかしたら、これをさらに長くして夏コミに出すかも。
そのときに、シカマルがなんでこんなになったのか、とか、いろいろでてきます、多分・・・。
いちおうフリーなので、持ち帰っていただいて構いません。ドンドコもって帰ってやってください。
報告義務はないですが、してくれればうれしい限りでございます。
デハ。早く拍手を更新します。。。
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