私とアイツが出会ったのは、もうずっと昔
一番古い記憶に中に、もう既にアイツが私の隣に立っていた。



小さいころには父に連れられて、家がある里の中心街から山に向かって何度も何度も通った道を



今日も進む
















SANCTUARY




















段々人が少なくなって、家も無くなり、鬱蒼と茂った木々のみが景色を構成する。
寒さに耐えかねて木々が落とした葉をパリパリと踏み、枝の間から見える宙を見上げた。
冷たく乾燥した空気が、隠すところ無く宙に存在する星を地上に降らせる
一際大きく丸い、月の明りを背負いながら、足元を照らすには微弱なそれのみを頼りにし、迷い無く歩みを進めた。

里の中心街と、旧家の立ち並ぶ里の縁を隔てる林を抜ける
木々によって遮られていた前方の視界が拓けると、初代火影の頃よりその土地を受け継いできた影使いの一族の暮す家々が現れる。
存在を主張することは決してせず、かといって隠れるわけでもない。
ただ只管、周りと溶け込もうと、調和を望んでいるかのように。

各家々に伸びる道を只管奥へ奥へと突き進む。
道が途切れた先は、一族の家々の最奥。後ろには山、前には一族が住み、山に隠れるようにある一番大きく古い家はまるで里を見守るかのように建っている。



奈良家本家



こういった旧家の形成する土地は軽々しく部外者が入れるような所ではない。
特に血継限界を有する日向家などはその血の重要性からも部外者の立ち入りを厳しく禁ずる。一族に特有の術と優秀な血統の維持。それは奈良にもいえることで。基本的な身を守る術が身につくまでの間は一族の土地から出ることは出来ない。同じ年頃の子供が身内の中にはいなかったのか、父に連れられやってきた自分を見た彼はひどく驚いたように、キョトンとしていた。

いのは二十年近く前のことをふと思い出し、ふっと口元を緩めた。

仕事が忙しく、滅多に一族の土地に戻ってこない本家の邸宅に夜遅くだというのに明りが灯っている。
日付けが変って既に数刻経っていた。声をかけることも無くガラガラ、と玄関を開けた。
声を掛けても返事が返って来ないだろうことは容易に想像できた。
ガランとした広い空間にぽつんと一つだけ、脚半がきちんと揃えて置いてある。持ち主は面倒くさがりだが躾はしっかりとされている幼馴染。
ぎしぎしと音をたてながら長い廊下を歩いてゆく。明かりはついていない。点けなくても目が既に闇に慣れていた。
一族の集まりがあるとき以外は滅多に使われないために家の中にはあまり物がなく、必要最低限のものしかない。目に留まるのはシカマルが最近になって持ち込んだ、家に置ききれない書籍ぐらいだ。生活感のない空間にも、それでも何時もならば幼い頃の親しみから暖かさを感じる。が、今はそんな様子に逆に焦燥に駆られる。家の中心を抜け、外側の庭に面する廊下を奥へ奥へと進むと一部屋から灯りが洩れている。

「シカマルー?」

声をかけ襖を開ける。灯りは煌々と付いているものの、その場に部屋の主は見当たらず。首をかしげながらいのは部屋の中へ一歩踏み出した。

「あれぇ?」

改めてじっくりと部屋を見渡すものの幼馴染の気配は微塵もない。あるのはおそらく諜報部からの報告書であろう束と書きかけの任務計画書だけだ。机の上はそれらに占領され、机の足元にはそれに伴ってつかわれるであろう資料が山を形成していた。足の踏み場が無い、とはこのことだ。身の回りに物を置きたがらないシカマルだが、仕事中となると話は違ってくる。現段階でやっている資料は絶対に直さないし、普段は部屋から本を拝借しようと無反応なのに、このときばかりは少しでも資料の山を動かすとひどく怒る。怒る、といっても、顔をひん曲げて睨んだ後にため息を一つ落すだけなのだが。
そんな何気ない仕草を見たのが、もう遠い昔のことのように思えた。
努めて明るく部屋へ入ってきたが、その表情をいのは険しく一変させた。

「・・・・っ!!」

ばっと後ろを振り向き、今来た方向を逆に進む。部屋を後にし、ほかにシカマルが居そうな所、地下の書庫に向う。書庫、とはいっても、ただ単に地下通路の脇の部屋に書籍が詰め込んであるだけなのだが。地下通路の入り口までは入ったことがあるが、その通路がどこへ繋がっているのかまではいのは知らない。普段のシカマルなどを見ているとそうは思わないが、やはり奈良の家も木の葉で最も古い一族の一つであるのでその手の秘密は多いのだ。
古い廊下がぎしぎしと音をたてる。虫の音しかしない、静まり返った夜。人の気配がしない家にどこまでも響き渡った。歩調が段々と早くなる。

シカマル・・・

何の気配も感じない空間に、急に不安を感じた。
ごくりと唾を飲み、拳を胸に当てた。頭をよぎった光景を振り払うように固く目を瞑る。
ずんずんと家内を進んでその再奥。行き止まりになっている廊下の壁に、印を結び微妙のチャクラを流し込む。カチ、と何かが外れる音を確認し壁の端を軽く押した。重い音を出しながら壁が回転する。
最低限開いた隙間に身体を滑り込ませ、いのは仄かに明るい階下へと降りていった。



地下の冷たい空気に身を震わせつつも、石造りの急な階段をすばやく下りていく。一刻も早くこの不安感を拭い去りたい一心で、月明かりに照らされている外とは比べ物にならないほど暗い足元を諸共せずぽつんと頼りなげに揺れる明かりを目指した。


一刻も早く。
一刻も早く。
何故こんなに不安になるのか。
ずっと見てきた。
誰よりも傍で。誰よりも永く。

自分の見てきた幼馴染はそんなに弱い人間だったか。
否。

だが、だからこそ不安になる。


扉の外にポツンと一つだけ壁に掛けられたランプ。扉を開けば彼はいるのだろうか。いなかったときのことを考え、いのは表情を硬くした。目線を扉から外し、何処までも続く石畳の先に向ける。そこから先へは行った事が無い。どこまでも闇が続く。一族ものですら理解できない地下の迷宮に彼が踏み入れたのならば、もういのにはどうしようもなかった。
覚悟を決め、扉を開くべくぐっと手前に引く。鉄の丸い取っ手が手に食い込んだ。重い、重い扉。ソレは精神的な重さに比例しているのかもしれない。今のシカマルと外を遮る、最後の砦。錆付いている蝶番が重さを更に増させる。
外との接触を拒否するかのように。 

中は薄暗い。古い建物の地下にあるために、ここには電気は通っていない。通そうと思えば通るのだろうが、そこまで頻繁に使うわけではない。利用する際にはランプが欠かせなかった。
部屋の四方の明り取りに火は灯されず、ある一箇所からの光だけが部屋を照らしている。詰めに詰められた本棚とそこに納まりきらなかったらしい本に遮られながらも、しっかりとその光はいのの元へと届いた。
何時もは暖かく感じる光もこのときばかりは冷たく感じる。そう思うのは、地下の気温のせいなのか。
声を掛けず、光のほうへゆっくりと、だが確実に歩みを進める。

幼馴染の存在を確かめるために。






事の起こりは一月前にさかのぼる。

「報告書、受理いたします。任務疲れ様でした」

そう言われ、いのは受付を後にした。上忍中忍のみで構成するフォーマンセルでのBランク任務、火の国の大名の護送であった。期間は半月と多少長かったが、そう問題が起こることもなく比較的楽な任務であった。それでもBランクなのは難易度ではなく、重要性からくるのであろう。万一火の国の大名に万が一の事がありでもすれば、木の葉隠れと火の国の関係に罅を入れかねない。持ちつ持たれつ、一方を掛けさせることを許さないこの関係が崩れることはあってはならないのだから。

受付のある本部の建物から外へ出る。空を見上げると真っ青な空にぷかぷかと真っ白な雲が浮いていた。

「はぁ〜、つかれたー」

気を張りっぱなしだった護送任務から開放され、いのは盛大に大きなため息をついた。幸い他国からの襲撃などの事件は起きなかったものの、神経は常に周りに気を配り敵の襲撃に備え続けなければならぬ護送任務は身体的な疲れよりは精神的な疲れが多く蓄積する。忍びがそれぐらいで弱音を吐いていてはいけない、といのも思っているもののやはり里に帰ってくると安心感からどっと疲れが押し寄せるのだ。

建物の入り口の前で空に向かって大きく伸びをし、大きく伸びをしていると後ろから見知った声がかかった。

「おい、いの。入り口のど真ん中に立ってたら邪魔だろうが」

腕を上げ、伸びをした体勢そのままで後ろを振り返る。入り口の内側に一人の体格のいい忍びが立っていた。もうかなり長い付き合いになる、いののスリーマンセル時代の教師。いのが目線を合わせると、昔から変らない、に、とした笑みを浮かべる。

「あら、先生―。久しぶり」

「よお。確かに久しぶりだな。半年振りぐらいか?」

下忍を担当中の上忍や家庭を持つ忍は長期任務が免除される場合が多く、若い上忍中忍は必然的に里外の長期任務に付く機会が増える。しかも諜報活動を得意分野とするいのは里外の長期任務に付くことが更に多くなる。アカデミーを卒業したての下忍達とともに簡単な任務に当たっているアスマとあう機会は当然少ない。

「どうだ、任務は順調か?」

「当然でしょー?私を誰だと思ってるの。それで、先生は?」

腰に手をあて、背の高いアスマを睨み上げる。至極いのらしい答えに、タバコをくわえたままアスマは苦笑した。

「今から任務だ。まあ、3日かそこらで終わるはずだ」

頭をかきながら、面倒そうに答える。昔から変らないその仕草にいのは笑った。なんだよ、といぶかしむアスマに更に笑がこぼれた。

それはそうと、とアスマが言う。

「会ったついでに頼みたいんだがなあ。いの、暫く里にいるんだろ?」

普通、長期任務から帰ったあとには一週間かそれ以上の休暇が与えられる。緊急任務が入らないかぎり、その時間の使い方は自由だ。長期任務で疲れた身体を癒すためや忍具の整備、報告書の提出など時間の使い方は人それぞれだ。いのも同様で、先ほど報告書を提出した際に二週間の休暇を言い渡されていた。

「そうだけど。なに?何か用事でもあるの?いいわよ、引き受けてあげる!そのかわりぃ・・・」

上目遣いでアスマをしたから覗き込む。

「帰ってきたら奢ってやるから」

「そうこなくっちゃ!それで?何すればいいの?」

いのが問おうとしたとき、アスマの後ろ、つまり建物内から三人の上忍が出てきてアスマを促がす。出発直前だったらしい。少し待ってくれ、とアスマが手を上げると、先に行ってる、と言い残し3人はその場から消えた。

いのに視線を戻しアスマが言う。

「いや、シカマルなんだけどよお・・・。一週間前からどっかいきやがって。俺が帰ってくるまで家で大人しくしてろって言っておいてくれや」

元生徒とはいえ、今はシカマルは里を代表する忍だ。心配してもどうしようもないのだが気になるらしくいつもいのに伝言を頼む。いのとしても、兄弟同然に育った彼のことなので言われずともそれなりに気にしているのだがいわずに居れないらしい。

「わかった。帰ってきたら言っとくね」

そう返すと、悪いな、と残しアスマも仲間を追っていった。
シカマルが諜報活動に自ら赴くことは珍しいことではない。里に帰ってきた彼は、いつも出所のよくわからない情報を携えてくる。しかし、その情報がもたらすものは大きい。作戦を立てる上での最重要事項であったり、外に漏れにくい他国の情勢や内情であったりするので火影以下お目付け役たちも目を瞑っているのだ。

アスマはふらっと出て行ったきり帰ってこないシカマルのことを、柄じゃねえことしてやがって、とよく言っているのをいのは知っている。そして、帰ってきた彼を無言で家に迎え入れてやっていることもまた知っている。本人の意思に反し、数年で上忍まで駆け上りそれに比例して任務の重要性も上がり人間関係も複雑化した。参謀部の仕事にしても、仲間の命がかかっていることには変わりない。できる限りの努力をし、仲間の命を自分のできる限りの範囲で救おうとする。忍びの世界で情報は武器だ。そして、それを生かすだけの頭脳をシカマルは持っている。だがしかし、それにも限界がある。

長期の情報戦を制し、帰ってきたシカマルの脳は活性状態で休まることを知らない。アスマが彼の回転し続ける思考にストップを入れてやることにより、シカマルのバランスが保たれている。子供の頃から、面倒くせえ、といって事態から遠ざかろうとしていたのも一種の脳の自己防衛手段だったのかもしれない。





アスマの部隊が消えたのは、それから一週間後。丁度シカマルが里に帰ってきた直後だった。















部屋を入って直ぐの床の足元に散らばる巻物や本。ある巻物は紐を解かれ、ある本は重要な場所を示すかのように背を上にして無造作に床に。だが、ソレは無数に重なり、置いてあるというよりは邪魔なので積んである、といったほうが正しいのかもしれない。

しかしそれも、奥に行くにつれて段々と変化してくる。突然に棚はガランと物が消え去り、丸々それが床に流れ出ている一番奥の何ものっていない箱。

他のものと比べて明らかに斜めっている棚と棚の間から流れ出る本の洪水。感情を撒き散らしたかの様なその惨状。

「・・・」

いのは無言で、通路を妨げるものを跨いだ。床と脚半がすれる音が室内に響く。

本の洪水から脱し、壁に突き当たる。躊躇いながらもゆっくりと身体を横に向け、更に奥に眼を向ける。ランプが辛うじて火を灯し、彼の頭上を揺れていた。

「・・・。シカマル」

か細い声で、そう呼びかける。頼りなげに灯っている明かりの元、本のなかに埋もれていた存在。

入り口から一番遠くの角に、幼馴染はいた。

いのの呼びかけに反応はない。片膝をたて、壁にもたれる様にいた彼の表情を窺い知ることは彼の前に垂れた髪によって阻害された。地下のため、窓もなにもない。暗い密閉された空間。ランプの頼りない光だけを頼りに、どのくらいの時間そこにそうしていたのだろう。

シカマルに近寄り、石畳の床に蹲っている彼と視線を合わせるようにいのは膝を床につけた。

いのが身体に触れると今まで身動き一つしなかったシカマルの体がぴくりと動く。いののほうへ視線が向いた。虚ろな漆黒の瞳がいのの姿を写す。

「いの・・・」

多少掠れているものの、発せられた声にいのはほっと一息ついた。

「いの、アスマの班が・・・」

「うん、聞いた・・・。死体が見つかったって」

「やっぱホントなんだな。・・・信じたくねえけど」

いのを写していた瞳が再び床に向けられた。

「うん、サスケくんたちに確認してきたから間違いないと思う。でもアスマは」

「まだ死体も見つかってない・・・」

シカマルがいのの言葉を遮った。いのはコクンと頷く。

里の忍は暗部の死体処理班によって完全に抹消される。忍の死体には、里の様々な情報が詰まっている。とくに旧家出身者にはその家独特の術の痕跡が残っているのだ。それを利用されないためにも部隊が消息をたった時点で処理班が派遣される。命あるものは逆に処理班に保護される。

サスケとナルトは暗部にも籍を置いている。その二人にここに来る前に再度確認を取った情報なのでほぼ間違いはない。

死体は見つからない、だが生存も確認できない。事態は進展を見せないままだ。

木の葉でも有数の実力を持つ上忍を捕らえる、というのは相手にとってハイリスクであることから敵に連れ去られた、という可能性は低い。また、敵の襲撃を恐れ潜伏しているのならば死体処理班が来た時点で自ら姿を現しているだろう。

救出のための部隊を編成するにしても、その居場所が知れないので対処の仕様が無かった。

「俺がもっと早く・・・っ」

下を向いたまま、自らを攻めるように腕に爪が食い込むほどに強く掴む。赤い液体が冷たい石の上にぽたりと落ちた。シカマルの強く腕を握りしめた手を解き、彼の頭を抱え込むようにして抱きしめる。

「シカマルらしくないよぉ」

「・・・」

「シカマルがアスマ探してあげないと。・・・、何とかなるよ、ね!!」

月並みの言葉。言葉にならない色々な気持ちが渦巻いて、口から出てこなかった。黙り込んで、シカマルをぎゅっと抱きしめる。

シカマルも、そんないのの気持ちを察したかのように、震える細い身体を抱きしめた。

「泣くなって・・・」

「泣いてなんかないもんっ」

そういいながらも、いのが顔を埋めたシカマルの肩口は冷たくなっている。あやす様にいのの頭をポンポンと叩いてやると、シカマルの耳元で発せられる声に嗚咽が混じった。



















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